こんな事言うのは癪だが、義政は一番しっかりしてると俺は密かに思ってる。
2つしか違わないが、やっぱりあいつの背中は大きく見えるよ。
まぁ、ここだけの話、一番馬鹿なことやらかすのも義政だけどな。





あひるのマーチ 〜家鴨行進曲〜

  <不幸の手紙>





「義政・・・手紙だぞ」


義政の書斎にやってきた誠哉が義政に手渡そうとしたのは、封筒に入った一通の手紙だった。
宛名には荒々しい英字で『羽山 義政』と書かれている。
憮然とした態度で見下ろしてくる弟をちらっと一瞥した義政だったが、
大きく伸びをすると再びペンを手に取り書き物を始めてしまった。
こうなると義政はもう絶対にこの手紙を開けたりはしない。
それを悟った誠哉は深く溜め息をつくと中から白い便箋を取り出し、義政にも聞こえてしまうよう声に出して読み始めた。


『義政、誠哉、和馬、英臣、うてな元気か?
 俺は今ハワイにいるぞ!
 いやぁ、やっぱりこっちは暖かいよなー。
 日本の方はどうだ?そろそろ桜の蕾も綻び始めたか?
 もうちょっとしたら日本に帰る可能性も無きにしも非ずだから楽しみにしてろ。
 それじゃ、くれぐれも戸締まりには気を付けろ!
 羽山 辰巳』


誠哉は手紙を読み終えると元のように封筒に納めた。
そしてその手紙を義政の机に投げ置く。
だが義政は別段そのことを気にするわけでもなく、書く手を止めずに淡々とした口調で告げた。


「焼き払え、俺が許す」
「曲がりなりにも血が繋がっていたとしてもか?」
「当たり前」


そう言って誠哉に手紙を投げ返した。
この兄は本当に自分の父親に対して関心が無いらしい。
確かに顔をつき合わすたびにこの二人口論をしている、といっても義政が一方的になのだが。
兎に角、そんな彼にとってこの手紙は眼中にすら入らないらしい。
床の上に所在無さげに転がる封筒を手に取ると、誠哉は再び深い溜め息をついてそれを眺めた。


「臣にやるか・・・」


そんなわけで羽山家に届いた不幸の手紙はあちこちをたらい回しにされることとなる。
まずは義政と誠哉のもとへ。
この二人のやり取りは前に述べたとおりである。
次に手紙が回ったのは英臣。
彼は引きつった表情でソレを読み上げると、遠い目で明後日の方向を眺めた。
そしてその表情のままソレを和馬へと手渡し、自分の部屋へ篭ってしまった。
次の和馬は和馬で、読み終わった途端にけたけたと声をあげて笑いだし、
笑い終わるや否や、急にソレをくしゃくしゃに丸めて放ってしまった。
その表情からは呆れの外には見て取れなかったという。
この男共、この手紙の差出人が誰だかわかってるのだろうか、という若干の疑問はこの際無視する。
そして偶々それを拾い上げてしまったのはうてなだった。
しかし、自分の名前以外読めないうてなは、自分の名前があったことに満足すると、
これまた偶々遊びに来ていた左京に手紙を手渡し、またクレヨン片手に絵を書き始めた。
そしててっきりうてなの描いた絵か何かだと思い受け取った左京は、手紙に目を通し終えるとくすりと微笑んだ。
その笑みは心底楽しそうな黒い、黒い微笑だった。
例えるなら、そう。
左京の後ろで黒い羽がバッサバッサと羽ばたいてる、そんな感じ。


「叔父様・・・相変わらずね?
 どこから突っ込めばいいのかわからないわ」
「左京・・・、そう言う問題じゃないと思うぞ?」


一段落付いたのか、リビングに顔を出した義政が左京の言葉に思わず苦笑しながら突っ込んだ。
その言葉に左京は首を傾げ、きょとんとした目を見せる。


「だって義政、5月初旬の東京じゃ桜の花が散ってるのは当たり前よ?」


確かに手紙の最後に添えられている日付が4月の終わり。
喩えその頃だって、『桜の蕾が綻び』始める頃ではないのは一目瞭然だ。
左京の突っ込みは最もである。


「それに気を付けるのは体調じゃなくて戸締まり
 的外れもいいとこだわ」


それもそうだ、普通手紙の結びに戸締まりをあげるなんてことはまずあり得ない。
全く何をもってして戸締りのことを心配するのか。
義政にとっては外にいる泥棒より、家の中に平然と入り込んでは貯金をくすねていくこの手紙の送り主の方が厄介なのだが。
一応血の繋がった父親ながら、義政はあまりの情けなさに頭を抱えたくなった。


「あともう一つあるんだけど、この帰る可能性が無きにしも非ずって・・・どんな表現よ
 というより断言してもいいけど絶対に叔父様は帰って来ないと思う」
「それは俺も思う」


左京の親指と人差し指で挟まれぴらぴらとはためいている手紙を手に取り、義政は深い溜め息をついた。
悲しいかな、この手紙の書き手が義政たちの父親であるのは曲げようのない事実なのだ。
何だかやるせない思いである。
眉間に皺を寄せたまま義政は手紙が届いた時に必ず口にする言葉を今回もまた呟やかざるを得なかった。


「事実は・・・小説よりも奇なり」


それを聞いた左京は薄く笑みを浮かべながらカップに入ったコーヒーを口にした。


「そんなもんじゃない?」


暫く無言で2人は見つめあう。
なんて言葉にしたら、この二人が甘い時間でも過ごしているのかと思われそうだが実際はそうではない。
お互いにお互いを睨め付け合っているのだ。
義政は左京の言葉が若干気に入らなくて、左京は・・・売られた喧嘩は買う主義だから?
といってもこんなのはこの二人にとってはただのじゃれ合い、大した事ではない。
その証拠にすぐに二人の表情が和らぎ、お互いに肩を震わせながら笑い始めた。


「ところでさ・・・義政、何でトランクス一枚でうろうろしてるの?」
「あぁ忘れてた、俺シャワー浴びようとしてたんだ!」


ぽん、とこぶしを叩くと、義政はすたすたと風呂場へ向かった。
残された左京は呆れた顔でその後姿を目で追う。


「まったく・・・」


そんなこんなでリビングに残されたのは左京とくしゃくしゃの手紙だけ。
再びそれを手に取ると左京は優しい目をして微笑んだ。


「そう言う間の抜けたところが叔父様にそっくりよ、義政・・・」


本人に言ったら怒られるから絶対言わない。
でも左京からしてみたらそんな義政は可愛くて可愛くて仕方が無い。


「ふふっ、私も末期症状ね・・・」


左京の小さな呟きは、風呂場から聞こえ出したシャワー音にかき消された。










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後書き

別にお父さんが嫌いなわけじゃないんですよ。
まぁいろいろあるんです。
ちなみに、うてなはその存在を知らないだけです。