「うてなにはパパもママもいないんだぞ!」
「ひどーい! そーゆーこというとせんせいにいいつけちゃうからね!」
「うてなちゃん、だいじょーぶ?」
「うん、へーきだよ?
だってうてな、パパもママもいるもん」
「「えっ?」」
「だってね、まさにぃが言ってたもん。
血のつながりなんていらない、って。
だから今のあたしには、まさにぃがパパでさきょうちゃんがママだもん」
「むずかしくって、よくわからないよ?」
「うん、うてなもあんまりわからない
でもまさにぃはうてなのパパだし、さきょうちゃんはうてなのママなの!」
あたしにはね、パパもママもいないんだって。
まさにぃも、せいにぃも、かずにぃも、おみにぃもうてなのパパじゃないんだって。
本当のパパとママはどっかに行っちゃったきり帰ってこないんだって。
でもね、うてなさみしくないよ?
だってまさにぃも、せいにぃも、かずにぃも、おみにぃも、それにさきょうねぇもいるんだもん。
だからパパとママがいなくてもへーきだもん。
あひるのマーチ 〜家鴨行進曲〜
<泣いた烏はすぐ笑う>
「只今戻りました」
「こんにちわー」
喫茶店『ララバイ』の戸を開けて入ってきたのは外でもない左京であった。
彼女の隣から元気よく姿を現したのは、羽山家のお姫様・羽山 うてなである。
うてなのお迎え時間である3時ごろといえば、喫茶店も丁度ピークを過ぎて楽になる時間帯。
その時間を利用して、うてなの兄弟たちの手が開かない日は、左京が彼女のお迎えを引き受けているのだ。
そして、ララバイへと戻るこの二人を迎えるのは大抵がこの男たちだった。
「「お帰りー」」
「げっ、なんであんたがいるのよ」
「まさにぃだー」
見事にハモるあたりこの二人の仲の良さがよくわかるが、彼女たちを迎えたのはここのマスター・近衛 龍兵とうてなの兄・義政である。
二人してコーヒーをすすりながら、彼らは左京とうてなを笑顔で出迎えた。
しかし、義政が視界に入るや否や左京は眉間に皺を寄せる。
何度も言うようだが、この二人、一応恋人同士である。
そんな左京を見て思わず義政は溜息をついた。
「いきなり眉をしかめるのは止めようよ、左京」
「うてなのどかわいたー」
「はいはい、今オレンジジュース出してあげるからね?」
「あははっ、義政無視されてやんの」
義政の悲痛な叫びは、かわいい妹であるうてなの要求によってあっけなく掻き消されてしまった。
うてなの要求を受け左京はとっとと裏に姿を消してしまう。
それを受けて義政はテーブルに突っ伏した。
そして、そんな義政の肩を龍兵がにやにやと笑いながら叩いた。
「可愛そうになぁ、義政・・・
お前の熱烈な左京へのコメントも、哀しいかな左京は見ていないのだ」
龍兵は午前中に起きたその事を楽しげに告げる。
その途端、先程の涙は何処へやら勢いよく顔を上げると龍兵に食って掛かった。
「はぁっ、何だよそれ?! お前あんだけ見せろよって言ったじゃねぇか!!」
義政が突然大声を上げたので隣で大人しく絵本を読んでいたうてなが、びくりと肩を震わせた。
そして零れ落ちるんじゃないかと思うほど大きく目を見開いて義政を見上げる。
と丁度そのとき左京がうてなのオレンジジュースを手にうてなの元へとやってきた。
「はい、うてなオレンジジュースだよ
って、どうしたの? そんなにびっくりした顔して・・・」
「ごめんなー、うてな。 お兄ちゃんがいきなり大きな声上げたからびっくりしたよな?」
慌てて義政がフォローに入ると、左京が再び眉をひそめて義政のことを半眼で見下ろした。
そして、地の底から響くような声で義政に詰め寄る。
「あんたね、自分の妹怖がらせてどうするわけ・・・?」
「いやっ、そのっ・・・」
「ってかさ、公共の電波使ってあんなこっぱずかしいことしないでくれない?
今だってうてなのお迎え言ってきたケド、一体どれだけのお母さんたちに詰め寄られたと思ってるのよ・・・?」
「あうっ、それは・・・」
そこまで言うと左京は「はあっ」っと大きな溜息をつき、うてなの頭を撫でながら付け足した。
「うてなさ、本当に私の家の子になっちゃう?」
「「はっ?」」
突然の左京の言葉に、今度は男二名が目を丸くする番だった。
そんな二人を他所に左京は淡々と続けていく。
「うてなだって嫌だもんねー、こんな怖いお兄ちゃんじゃ
家に来てごらん、叔父さんも叔母さんも勿論私もうてなのことめいいっぱい可愛がったげるから」
「左京さん、それはご勘弁願いたいです・・・」
冷や汗をかきながら義政が左京に告げる。
先ほどの顔とは打って変わって左京はニヤニヤと笑いながら義政を見つめていたが、その微笑みは心底恐ろしいものがあった。
勿論彼女が言っていることが冗談だというのは大人たちは皆わかっていた。
なぜならこの台詞はいつも左京が口にしていることだったから。
いつもはうてなにこういうと、うてなはにっこり笑いながら「なるー!」と言う。
だから今日もそうやって笑ってくれるのだろう、大人たちはそう思っていた。
が、今までオレンジジュースを見つめたまま黙りこくっていたうてなが小さな声で呟いた。
「・・・ヤ」
「えっ、うてなどうしたの?」
「さきょうちゃんちの子になるのは・・・ヤ」
途端にうてなの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
それを見て大人三人が慌てだす。
「だって・・・うてなは、まさにぃもせいにぃも、かずにぃもおみにぃもだいすきだもん!」
「うてなごめんね、いきなり変なこと言っちゃったから嫌だったよね?」
「大丈夫だぞ、うてな。 左京ねぇはそんなことしないからな」
「駄目だろー、左京。 その子は羽山家の大事な大事な一人娘なんだから、泣かすようなことしちゃ」
泣きじゃくるうてなを、義政があやすために抱き上げた。
うてなも義政の肩に顔をうずめる。
左京はといえば泣きそうな顔をして「ごめんね、ごめんね」と呟き、うてなの背を撫でてやっていた。
「左京、悪いけど今日は俺が連れて、」
「さきょうねぇもいっしょがいい・・・」
「えっ?」
義政がうてなを連れて変えると告げようとしたとき、相変わらず義政の肩に顔をうずめたままの状態でうてなが小さく声をあげた。
「あのね・・・うてなはね、まさにぃとさきょうねぇの子になりたいの
だからね、さきょうちゃんちの子になるのはヤなの」
「うてな・・・」
「ダメ、まさにぃ?」
うてなが真っ赤な目をして義政を見上げる。
小さいなりに彼女は頑張っていたのだ。
無垢な子供の言葉が、本当はどれだけ鋭く彼女の心をえぐっただろう。
しかし、彼女は傷ついた様子を微塵も見せず気丈に振舞って見せた。
左京の言葉が出るまでは。
そのことを義政も左京も知りはしないが、うてなが小さいなりに精一杯気丈に振舞っていることは普段からわかっていた。
本当はうてなが『両親』という存在を欲していることも。
その願いを叶えてやることのできない苦しさも。
だからもし、自分たちが彼女の傍にいてやることで彼女が幸せならば・・・。
「駄目な訳無いだろ? うてなは俺の妹だし、俺と左京の子だよなー」
「そうだよ、うてな。 うてなが望むんだったら、勿論うてなは私たちの子だよ」
「ほんとー?」
ぴたりと泣き止んだうてなが義政と左京を見比べる。
「「本当、本当」」
「じゃぁ、なんでけんかするのー?」
その場が一瞬凍りついた。
ような気がした。
とにかく左京は笑顔のまま固まっているし、義政は苦笑いを浮かべていた。
唯一龍兵だけがあっけらかんとした表情でうてなの問いに答えた。
「あのね、うてなちゃん。 義政と左京がしてる喧嘩は、『痴話喧嘩』って言ってね仲の良い人がする喧嘩なんだよ
だから別に仲が悪いわけじゃなくて、大好きだから喧嘩してるのさ。 そうだろ、義政に左京?」
「そう・・・かもしれないな」
「多分・・・そうかもね」
「ふぅん、じゃぁふたりとも『ラブラブ』?」
ぶっという盛大な音とともに義政が噴出した。
左京はといえばぴくぴくと口端を引きつらせながらうてなに問いかけた。
「うてなー、何処でそんな言葉覚えたのー?」
するとうてなはうぅんと唸った後、小さな声で答えた。
「あのね、おしえちゃダメっていわれたのかずにぃに。 だからうてないわない!」
十分に答えを教えていることはうてなはまったく気づいていない。
が義政と左京の脳裏にはしっかりと一人の人物が焼き付けられた。
和馬という馬鹿の姿が。
今二人は寸分狂わぬ事を考えているであろうが、あえてそれは言わないでおく・・・。
しかし二人がそんなことを考えているなど露知らず、うてなは再び同じ問いを口にした。
「ねぇ、ふたりとも『ラブラブ』?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
その問いに義政も左京も照れからか互いに目をあわせようとしない。
そんな二人を見て、龍兵は小さく溜息をついた。
この二人は変なところで素直じゃないんだから・・・、などと考えながら。
「ほら、お兄さん方妹さんが答えを待ってるよ」
「・・・そうだな、左京」
「そうね・・・『ラブラブ』なんじゃないの・・・?」
顔を真っ赤にしながら言う左京がその言葉を肯定していた。
そんな二人の言葉を受け、うてなは先ほどまでの涙などなんのその。
にっこりと笑いながら、嬉しそうに叫ぶのだった。
「まさにぃもさきょうねぇもだーいすき!」
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後書き 泣いた烏はうてなのことです。 うてなはみんな大好きなんだよ、ってお話。 ただそれだけ。 |