サキョウはさ、本当に義政のことが好きなわけ?
って前に聞いたんだよね。
そしたらさ、サキョウってば今まで見たことの無い嬉しそうな顔して、
『あったりまえでしょ?』
って言うんだよ。
なぁんだ、俺の付け入る隙は何処にもねぇんじゃん。
でも・・・・・、俺は諦めないぞ・・・!





あひるのマーチ 〜家鴨行進曲〜

  <テレビにて>





喫茶店 『ララバイ』
左京の勤務先である。
駅前にあるその店はコーヒーがおいしいと年配客の間で評判で、ランチが美味いと会社員たちの間で有名で、
パフェが安いと中高生の間で人気であり、可愛い看板娘がいると青年たちの間で囁かれる地元ではちょっと知れた店である。
今日もまたその店に左京はいた。
いつものようにランチの仕込を済ませ、今は伝票整理中。
とそこへ、来客を告げるベルが楽しげな音を奏でた。


「こんにちわ」
「町会長さん、いらっしゃい。 いつものでいいよね?」
「あぁ、頼むよ左京ちゃん」
「マスター、ブレンド一つ!」


今日もまた常連客である町会長が一番乗りで、いつものブレンドコーヒーを頼む。
左京はその光景を見て微笑んだ。
今日は奴がいない。あぁ、なんという幸運か。
奴がいると奴が左京を開放しようとしないため、左京の仕事ははかどらない。
小さな喫茶店で、込み合う時間帯を除けばそれほど忙しいわけではないが、左京だってここで働きここからお給料を貰っている身。
遊んでいるわけには行かないのだ。 それを奴は聞き分けようとしない。
あのうてなだってわかっていることを奴はわかろうとしない。
その奴が今日はいない。
そう思うだけで左京の頬は自然と緩むのであった。


「あっ、左京」
「何、マスター」


マスターと呼ばれた30代と見て取れる男は、テレビのリモコンを左京に投げてよこした。


「4番付けてくれない? 俺の知り合いが出てるらしいんだよ」
「うん、わかったー」


マスターの頼みを快く受け入れた左京は、この行動を後々後悔する事になる。





『というわけで、本日のゲストは今人気の小説家、千堂 義政さんです!
 千堂さん、今日はよろしくお願いします』
『こちらこそよろしくお願いします』


テレビのスクリーンに映っていたのは、外でもない羽山 義政その人物である。
今朝方てんでばらばらな方向に散らばっていた赤い髪の毛は、いつの間にか整えられ後ろで一つに纏められていた。
そして、普段の義政からでは絶対に想像もつかないような『営業スマイル』。
左京は条件反射的に手に持っていたお絞りを投げつけそうになるのを必死に堪える。
テレビに当たったって何も起こらない。起こることがあるとすれば、テレビが壊れて修理費を月給から差し引かれるということだけだ。


『さて、早速質問なんですがどうして小説家になろうと?』
『いやぁ、高校時代は兎に角勉強するのが嫌いで・・・、それでよく夜中遊びまわってて。
 ここだけの話、地元の警察の常連だったんですよー。 それが、ある日突然小説家いてみようかなぁ・・・なんて思って』
『えっ、突然思われたんですか?』
『結構突然です、元々そういう性格なんで』


お恥ずかしい、と笑う義政は左京の知らない義政だった。
つまり・・・まぁ、演じているわけである。
絶対心中では 『んなことどうだっていいだろうが・・・?!』 ぐらいに思ってるのだろう。
その証拠に義政と窮地の中であるマスターは画面を見ながら、わなわなと肩を震わせている。
勿論、笑っているだけだ。
『ララバイ』の二人を余所に、なおも質問は続く。


『ところで、千堂さんは恋愛小説をお書きになることが多いみたいですが、今までの作品の中に実体験とかは入ってたりするんですか?』
『そうですねぇ・・・入ってない、といったら嘘になりますが、どちらかというと自分の実体験というよりは人の様子を入れることが多いですよ。
 例えば、道端ですれ違った男女の様子とかを見てね』
『へぇ・・・、そうなんですか〜』


司会者が頷いている頃、『ララバイ』でも司会者と同じように頷いている人間が二人いた。
ということを義政は知らない。
そしてその二人が 『てっきり、自分の体験か周囲の人間の体験を無理強いして聞き出したんだろ』 と今まで思っていたことも義政は知らない。
テレビでは、司会者がいくつかの用紙を手に次に移ろうとしていた。


『ここで、読者の皆さんから質問が来てるのでいくつかご紹介しますね。
 まず一つ目なんですが・・・、これは東京都の方からですね。
 千堂先生の髪の毛はいつも色々な色に染まっていますが、これには何か理由があるんですか? とのことですが・・・』
『そうですね、これも特に理由はないんですよ。 気分で染めてます』
『今回は赤なんですよね?』
『えぇ、先日知り合いがつけてたエプロンの赤がすっごい綺麗に見えましてね。 今回はそれでです』


ちなみに、今左京がしているエプロンの色もまた赤である。
ちなみに、その言葉を聴き左京がエプロンをマスターに投げつけたのは言うまでもない。


『そうなんですか〜、それじゃ次に行きますね?
 これは北海道の方です。 小説の巻末でよく『恋人』の話をなさってますが、どんな方ですか? ですって。
 これは・・・答えていただけますか?』
『いいですよ、多分相手も見てると思うんで』
『えっ、確信があるんですか?』
『えぇ、友人に頼んで見せるように言ったので。
 そうですね・・・一言で言うと強いです、腕っ節も内面も』


テレビでは恋人の話題についての談笑が続いているが、『ララバイ』ではそれどころではなかった。
ここで言う『恋人』とは紛れもなく左京であり、『友人』とは、義政の同級生で『ララバイ』のマスターの近衛 龍兵、彼である。
この両者の間で冷たい火花が散っていたのだ。


「マスター・・・っつうか、龍兵。 後で覚えとけよ、この老け顔」
「ほう、やれるもんならやってみろ。 義政の小鳥ちゃん」
「まぁまぁ二人とも。 今更また警察にお世話になりたくないんだったらもう止めなさい。 お店を血だらけにはしたくないんだろ?」
「「・・・・・・はぁい、元刑事さん」」
「はっはっはっ、過ぎたことさ」


しばし静かなにらみ合いが続いたが、元刑事もとい町会長の一声で二人はにらみ合いを止める。
しかしその戦いが終わった頃には、義政の『恋人』の話は既に終わっていた。
義政の計画は、意外なことにも失敗に終わっていたのだ。
勿論、本人はそんなことに気づけるわけもなく、話は先に進んでいく。


『それでは最後の質問です。 これは神奈川県の方から。
 千堂 義政という名前はペンネームですか? そうだとしたら、どうしてそう付けたのですか、教えてください』
『下の名前は本名ですよ、義政です』
『上の方は・・・?』
『・・・・・・答えなきゃ駄目ですよね? そうだなぁ・・・・・・大切な人の苗字、とだけ答えておきます』


ぶちんっ


「何で切るんだよ、左京ー。 お前の苗字だろ」
「・・・・・・」
「・・・・・・今はそっとしておいてあげなさい、近衛君・・・・・・」


近衛も左京も互いに不満げな表情を見せていたが、左京のそれは近衛のそれとは理由を異にしていた。
わからないといった表情の近衛を町会長は苦笑しながら見つめた。
彼がこんな表情を見せるということは、彼はまだあのことを知らないのだろう。
義政を束縛し、左京にまで影を与えているあのことを。
しかし、義政の親友で左京の上司・友人でもある近衛 龍兵にあのことを告げるの自分ではない。 義政本人である。
そしてその本人が彼にまだ告げていないということは、まだ義政本人に準備が出来ていないからだろう。
大丈夫だ、準備さえ出来れば義政は必ずあのことを彼に告げるだろう。
そう思いなおすと、町会長は喉元まででかかった言葉をぐっと飲み込んだ。
そしてその顔に優しい笑みを浮かべると、左京を宥めるように言った。


「コーヒー、おいしかったよ」


次の瞬間、左京の顔には先ほどの暗い表情とは打って変わって、万人を魅了してやまない愛らしい笑顔が浮かんでいた。


「毎度どうもありがとうございます!」










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後書き

ちょっと暗くしてみました。
近衛さんはこれからも出していく予定です。
ちなみに町会長さんと義政と左京と近衛のことは追々。
ちなみにタイトル前のぼやきは和馬のものです。