いやぁさ、俺って一応これでもエースだからさ何かと体力を使うのさ。
そうするとさ、腹も減るわけ。
そこに哀れなあひるがが左京さんのお弁当を持って現れるわけだよ。
これを喰わずしてなんとする?
いやぁ、英臣! 持つべきものは友達だよな!





あひるのマーチ 〜家鴨行進曲〜

  <貧乏くじの日>





「ひっでおみ!」
「おっす、京太郎」


英臣が遅刻ぎりぎりで教室に駆け込むと、後ろから友人の小宮山京太郎が走ってきた。
サッカー部の朝錬を終えた後なのか、いかにも健康そうな顔が薄く赤に染まっている。


「朝練か? お疲れ」
「英臣、今日はご機嫌じゃん? いつもだったら『おぉ』ぐらいしか返さねぇのに」
「ん〜、まぁな」


京太郎の問いかけに曖昧に返事をすると、英臣は自分の席へとついた。
その後を京太郎も追う。
彼の顔には、ちょっとした悪戯心が垣間見えていた。
それを察したのか、英臣は席に着くなり机の上に突っ伏す。
が、それくらいで京太郎が英臣を解放するわけもなかった。
ちょうどあいていた英臣の前の席に座るとからかいを含んだ声で喋り始めた。


「ってことは・・・あれだな、左京さん。 認めろ、思春期の青年よ!」
「・・・・・・だったらなんなんだよ〜・・・・・・」
「べっつに〜」


そう言って京太郎はにやっと笑った。
どうも京太郎は、英臣が左京に恋心を抱いていると勘違いしたらしい。
しかし、そのまま納得されるのは癪に触るし後が恐い。


「あのさぁ、京太郎。 勘違いしてるようだから言うけど、俺は左京ちゃんのことなんとも思ってないよ?」
「嘘を付け、英臣」
「嘘ついてどうすんだよ! もしそんなことになったら俺は義政に半殺しの目に会うっつうの!」


顔を真っ赤にして英臣が説明するものの、京太郎は全く信用していないらしく相変わらずにやにやと顔を緩ませている。
その様子を見て、英臣は思わず頭を抱えたくなった。
基本的には京太郎はとてもいい奴なのだ。成績優秀、運動神経抜群、おまけに女子にも良く好かれる。
だからといって、友達との付き合いをおろそかにするわけでもない。
ただ、もし一つだけ彼の欠点を上げることが許されるのなら、英臣は声を大にしていいたいことがあった。
『京太郎のからかい癖は度が過ぎる!』と。
一旦、誰かをからかい始めると、相手がキレるか第三者に止められるまで絶対に止めない。
今の彼の顔はまさしくそのときの表情だった。


「嘘嘘、だってそうじゃなきゃなんでお前がそんなにご機嫌になるんだよ?!」
「だからなぁ・・・人の話し聞けよ!
 今日は・・・・・・左京ちゃんが弁当作ってくれたんだよ! ただそれだけ!」


英臣が呆れ顔でそれだけ伝えると、京太郎の表情は先ほどとは一変した。
その表情を見て、英臣は大きな溜め息をつく。
折角今朝は『食事当番』という貧乏くじを引かずに済んだのに、京太郎という貧乏神に目を付けられたせいで、結局は今日もまた英臣は貧乏くじを引いてしまった。
これだから京太郎に弁当のことを言いたくなかったのだ。京太郎に左京の弁当のことを言えば、確実に弁当を取られる。
これで今日もまた英臣の取り分は減ってしまうのだ。
しかし、英臣が考えてることなどお構いなしに、きらきらとした目線を京太郎は英臣に向ける。


「えっ、マジで?! 英臣、飯のとき俺と一緒に食えよ?」
「勘弁してくれよ、京太郎と喰うと俺のおかずがなくなるんだよ!」
「男が何を言うか! そんな小さいこと気にするな! お前には美味い飯を分かち合おうという精神はないのか?!」
「んなものないね! 何で俺の飯をお前にやらなきゃいけないんだよ!」
「友達?だから」
「そこに疑問かよ・・・」
「はいはい、小宮山も羽山もそこまでで終わり!」


英臣が二の句を継ぐ前に担任が教室に入ってきたことで二人の会話は終わった。
ニコニコ顔で席に戻っていく京太郎を見ながら、英臣は再び大きな溜め息をついた。
京太郎は悪い奴じゃない、友達としては最高だ。
だが・・・・・・。


「京太郎なんか嫌いだぁ・・・」


こうして今日も英臣の受難はまだまだ続くのであった。





一方その頃、英臣の受難を感知する訳でもない羽山家では、洗い物を終えた左京と漸く再起動した義政が呑気に茶をすすっていた。


「左京仕事は?」
「今日は11時開店だからゆっくりでいいのよ」
「そんじゃぁ、後から行くから」
「来なくていいし・・・」


外では盛大に下のほうの馬鹿が転んでいたことを二人はまだ知らない。










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後書き

英臣は結局苦労性です。
家だろうと、学校だろうとなんだろうと。
最初の主人公は彼だったんですけどね。