僕にとって彼らはとても大切な存在なんだと思う。
喩えどれだけ喧嘩したとしても。
喩え繋がりが半分だけであっても。





あひるのマーチ 〜家鴨行進曲〜

  < プロローグ >





「うーてーなー、もうそろそろ起きろよ」


そう叫ぶと黒髪の少年は2階への階段を駆け上がった。
台所から聞こえる包丁がリズムを刻む音と、彼の足音とがシンクロする。
羽山 英臣の日課は、妹を起こすことから始まる。
幼稚園児の彼女は誰に似たのか低血圧。起こそうとしても起きやしない。
それなのに、女の子というだけあって仕度には一番時間がかかるので最初に起こすよりほかないのだが、この作業が一番苦労する。
そしてその苦労を常に負っているのが、羽山家一番の苦労性・羽山 英臣なのである。
彼は彼女の部屋の戸を開けると再び同じことを口にした。


「うてなっ! そろそろ起きないと、幼稚園に連れて行かないからな!」
「・・・いぃやぁ・・・」
「じゃぁ、起きなさい」


部屋の中にずかずかと入ると、英臣は妹・うてなの布団を引っぺがす。
すると、ごろんという効果音と共にうてなが布団から転がってきた。
うてなはまだ覚醒しきっていない、且つ不満げな顔を英臣に向けてくる。
が、英臣はそんな彼女の腕を引いて立たせると彼女の背を押した。


「ほら、顔洗っておいで?」
「・・・臣にぃのいじわる・・・、きらい・・・」
「はいはい、わかったから下におりて」


英臣はうてなの悪態を軽く流すと、布団をたたみ始めた。
すると観念したのか、うてなは臣に促されて下へおりていく。相変わらず、ぶつぶつ何かを呟きながら。
暫くして英臣が布団をたたみ終わると、途端に彼は深い溜め息をついた。
そう、彼の受難はまだ終わってはいなかったのだ。
うてなの部屋から廊下に出ると、英臣は隣接した部屋の戸を全て開け放つ。
そして、先ほどの叫びに負けないくらい大きな声で叫んだ。


「義政、誠哉! ついでに和馬もとっとと起きろ!」


その声を聞き、各部屋の布団がごそごそと蠢く。
英臣が今口にした名前は、呼び捨てにしてはいるものの全て彼の兄たちの名前である。
そう、彼らもまた低血圧。ともすればここ数年、自力で起きたところを英臣は見たことがなかった。
もう一度同じ言葉を口にしようとしたそのとき、急に彼の肩口に重みがかかった。


「やぁ・・・英臣・・・、ご機嫌いかがかな・・・?」
「兄貴たちがもう少し早く起きてくれたら、もっとよくなれるよ・・・。ってか政兄、重いからどいて」
「了解・・・」


一番最初に起き上がってきたのは、この羽山家の長男・義政であった。
寝起きのためなのか、先日染めたという赤い長髪があちらこちらに跳ね上がっている。
一見どこぞのモデルと見まごう容姿であるのにもかかわらず、それを生かさずに小説家なんぞをやっている奇妙な奴だ。
と、英臣は常々思っている。
その彼はずるずると足を引きずりながら下の階へと下りていった。


「おい・・・邪魔・・・」
「それが起こしてやった人間への態度なわけ、誠哉兄貴?」


次に起きてきたのは、次男の誠哉。
兄弟の中でも一番寝起きの悪い彼は、相変わらず寝ぼけたままなのか、ぼさぼさの頭を掻きながら大きなあくびをついた。
そんなときの彼にこれ以上何を言っても無駄なので、英臣は彼に道をあけてやった。
すると、彼もまた長兄と同じように足をずるずると引きずりながら下へと下りていく。
姿かたちはてんでばらばらな羽山家の兄弟ではあるが、こういったところは意外と似ているらしい。
そんなことをぼんやり考えていると突然、下のほうから何かの落ちる音が響き渡った。
それと同時に。
「いってぇ・・・」
という低いうめき声も・・・。


「誠哉の馬ぁ鹿、俺のことを邪魔者扱いするから階段から落ちるんだよ」


寝ぼけた誠哉が階段から落ちるのもまた日常茶飯事である。
相変わらず起き上がってこない三男を起こすため、英臣は彼の部屋へと向かうことにした。


「和馬、いい加減に起きろよ! 和馬が起きないとうてなが幼稚園に遅刻するだろ!」
「うぅぅ・・・英臣・・・、俺二日酔いなんだけど・・・」


丸くなった布団の中から悲痛な呻き声と共に、ブリーチ頭の青年がもぞもぞと顔をのぞかせた。
言葉どおり、彼の顔色は真っ青に染まっている。
しかし、英臣は容赦することなく彼の部屋のカーテンを開け放った。


「知らないよ、飲みすぎたのは自分の責任なんだから! 暫くしたら下りてこいよ」
「英臣の鬼〜、薄情者〜」
「何とでも言え」


それだけ言い残すと、英臣は朝食をとるために下へと下りていった。
今日の朝ごはんはトーストとスクランブルエッグらしい。
こうして彼のお腹がなる音と共に、羽山家の一日が始まった。










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後書き

というわけで、あひるのマーチの始まりです。
ちなみに『〜家鴨行進曲〜』は、敢えて『いえがもこうしんきょく』とお読みください。
勿論あひるとは即ち、羽山家一同のことです。
これからもお付き合いのほどを・・・。